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テニス部は今日も自由形──ラケット不在の練習観察記

大学テニス部がラケット以外の道具で練習していました。重さや抵抗で予想外にきついのに、どこか自然。部活あるあるの輪郭を、のんびり観察します。

今日はテニス部の練習を見学しました。
コートの端にラケットが整列しているのに、部員たちの手には別の道具が握られていました。
いつも通りの声が飛び、ボールは空を渡り、風だけが事情を知っているようでした。

目次

ラケット不在のコートで見たこと

ラケットが使われない日は、特別な合図もなく始まるそうです。
私が着いたとき、ボールかごの横で日用品の点呼が終わりかけていました。
部室から運ばれた品々は、まるで道具置き場の新入生のように静かに順番を待っていました。

部員たちはいつも通りのアップをして、コートの線を軽く跨ぎました。
ラリーが始まると、フェイスの形は違ってもテンポは同じでした。
ボールの音はわずかに低く、空気の層を一枚めくるように響いていました。

並んだ日用品たちの初動

テニス部の練習用に並ぶ日用品

最初の一本は慎重です。
フライパンは面の重みでボールを受け止め、虫取り網は網目が風を抱き込み、バインダーは紙の表紙で角度を作りました。
みんなが扱いに慣れるまで、コートの音は少し柔らかくなります。

次のラリーに入ると、動きは落ち着きました。
手首の返しが小さくなり、足の準備が早くなります。
道具が違う分、体の段取りが一歩早くなるのが印象的でした。

最後にサーブ練習の合間、道具を交換して握り心地を確かめます。
持ち替えの所作は丁寧で、器に水を注ぐみたいでした。
誰も急がず、でもテンポは崩れませんでした。

ルールは同じ、手触りだけ違う

得点の数え方も、声の掛け合いも、テニス部のあるあるそのままです。
違うのは当たり前の手触りだけで、ラリーの呼吸は変わりません。
ルーティンが支えると、不思議は自然に混ざります。

ラケットでない面は、ボールに触れる時間が少し長いように見えました。
その分、スイングの前半で加速し、後半で丁寧に送ります。
重さや抵抗が、言葉の代わりに注意を配ってくれるようでした。

休憩や円陣でも、話題は課題や来週の試合のことでした。
今日の道具については、とくに説明も感想もありません。
曖昧さは空の色ぐらい普通にそこにありました。

ボールの軌道と声の温度

ストロークは山なりが増えます。
面の反発が小さい分、弧を大きく描いてネットを越えました。
見ていると、軌道は湯気のように安定します。

ボレーの場面では、短い掛け声がいつもより増えました。
近い距離での調整が多くなり、声が軽いメトロノームになります。
リズムがそろうと、ボールは素直に足元へ帰ってきました。

サーブはトスの高さが少し下がります。
面の重さと空気の抵抗に合わせて、跳ね上げる手が慎重でした。
落ちてくるボールを待つ時間が、夕方の影みたいにゆっくり伸びていました。

ストリングがなくても、コートはちゃんと弾みます。
音は小さく、集中は少し大きいです。

道具ごとに変わる負荷と「きつい」の形

練習は淡々と続きます。誰かが「今日は体幹がきつい」と笑い、別の誰かが頷きました。
テニス部の「きつい」は、角度と呼吸で形を変えるようです。

負荷の向きが違うと、同じ本数でも体に残る記憶が変わります。
フライパンの余韻、虫取り網の抵抗、バインダーの軽い反発。
どれも少しずつ、筋肉の地図を描き替えていきます。

フライパンは腕に残る余韻

フライパンの面でテニスボールを受ける様子

フライパンは握った瞬間に重心を教えます。
トップへ上げると、前腕が波のように重くなり、ダウンスイングで遅れて戻ってきます。
振り抜いた後、腕の内側に小さな鈴が鳴るみたいな疲れが残りました。

二本、三本と続けるうち、体が勝手に下半身から動き始めます。
重さは合図になり、脚でタイミングを作るほうが楽になります。
フォームの正直さが、きついを丸くしてくれました。

仕上げにショートラリーへ移ると、タッチは驚くほど繊細でした。
面が小さい分だけ、目線が丁寧になります。
夕日がフライパンの縁に薄く乗って、軌道が少しだけ甘く見えました。

虫取り網は風をつかむ抵抗

虫取り網は空気の布をまとっています。
振り上げると風が腕にまとわり、面にかかる抵抗がかすかなブレーキになります。

ラリーの序盤は、速度よりも面の角度が主役でした。
ネットプレーでは、網がボールを抱き込む瞬間が見えます。
力を入れすぎると抜け、軽く送ると素直に返ります。
抵抗は、無駄な力を減らす先生みたいでした。

数本続けると肩甲骨のあたりが温かくなり、呼吸が整っていきます。
風の重さはじわりと長く残り、終わってからも腕の周りに空気のマフラーが巻かれている感じがしました。

バインダーは音でタイミングを教える

バインダーは薄い面が鳴ります。
打つたびに「パサッ」という音が遅れて届き、耳がタイミングの先生になります。
視線・耳・手の順で、三拍子が揃っていきました。

ストロークでは、面のしなりがわずかに効きます。
送り出すほど音が短くなり、合図のように次の一歩が出ます。
軽さは、焦らない勇気をくれました。

球出し練習では、バインダーの角でスライスの真似をします。
回転は薄いのに、軌道はきちんと低く落ちます。
音と影だけで、十分に狙いが定まりました。

「きつい」は量ではなく、向きと触感で増減します。
道具が変わると、休憩の水が少し甘くなります。

テニス部あるあると静かな連帯

休憩のたびに、水筒は決まった位置に戻ります。
誰も決めていないのに、日陰の細長い島ができていました。
こういう小さな秩序は、テニス部のあるあるだと思います。

終盤のメニューは、たいてい計画より少し長くなります。
ボール拾いの列がのび、かごが満ちるころには西日がネットに溶けています。
時間は音より静かに延長されます。

片付けの速さと水筒の間合い

片付けの合図がかかると、ラケットより先に日用品が戻ります。
フライパンはタオルで拭かれ、虫取り網は目を確かめるように振られ、バインダーは表紙がまっすぐに整えられます。
手当ての丁寧さは、練習の丁寧さと同じ形でした。

水筒の列は自然に間隔をとって並びます。
キャップの開閉が小さな拍子になり、会話は短い言葉で十分通じます。
静かな連帯は、汗の温度に近いリズムでした。

最後に忘れ物の確認をすると、誰かがボール一つを指で弾き、ネットを越えさせます。
音は軽く、動きは迷いがありません。今日の余白がそこで折りたたまれました。

「あと一本」が長いのは世界共通

「あと一本」は、地平線のように近くて遠い言葉です。
ラケットでも日用品でも、その一本は二本にも三本にも伸びていきます。
笑いと息切れが交互に混ざりました。

サーブ練習の最後は、成功したら終わりという合意が生まれます。
成功の手前でミスすると、次の人がうなずき、列は静かに前へ進みます。
並ぶ時間にも、部活の会話はちゃんと流れていました。

コーチ役の先輩が時計を見て、ほんの少しだけ延長します。
誰も驚かず、足は自然にベースラインへ戻りました。

終盤のランと笑いのバランス

練習終盤に走るテニス部員の列

最後のランは、今日いちばんの「きつい」です。
直線を走ってターンするたび、足の裏に小さな波打ち際ができます。
それでも列は崩れず、笑いが切れ目に挟まります。

途中、誰かがペースを保つ合図で短く指を上げました。
小さな仕草が、列全体の速度をやさしく整えます。
ランの終わりには、息がそろって薄い霧のように流れました。

クールダウンでコートの線をまたぎ、片膝をついて伸ばします。
静かな拍手が一度だけ響き、今日の練習は閉じました。

まとめ

ラケット以外の道具で練習するテニス部は、形が違うだけで中身は同じでした。
”負荷”は向きを変えてやって来て、”きつい”は丸くなって残りました。

そっと広めてもらえると嬉しいです。
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